名古屋高等裁判所 昭和28年(う)312号 判決
原判決の挙示せる各証拠を綜合すれば被告人の本件犯行の動機となつた経緯は即ち被告人が麻薬取締官である中沢英一の所謂囮搜査に会い同取締官の誘引策と麻薬買入の申入に異常な心をかき立てられた結果その申入を承諾し特に他からその大部分を買入れて遂に本件の麻薬所持の罪を犯すに至つたものであつて、謂はば同取締官の誘惑に因るものである事実を認定することができる。固より他人の誘惑に因るものであつても被告人の任意の意思に出たものである限り本罪の構成要件は之を充足しその責任性違法性に欠くるところがないから本罪の成立を阻却すべき筈はないが斯様な経緯は情状として刑の量定に際り相当の斟酌をされて然るべきであり又本件記録上明かな如く予て肺結核腸結核に悩む被告人が本件麻薬の没収処分によつて、之に費した拾数万円の意外の欠損を招き相当の影響を受けたことを推測し得るのみならず改悛の情も見受けられる点等を考慮するにおいては原審が被告人に対し懲役二年六月の実刑を以て臨んだのはその量刑重きに過ぎるものと認むるを相当とする。論旨は結局理由がある。